PROJECTプロジェクト

PROJECT

頼朝杉プロジェクト

2012年9月2日、頼朝杉が倒木。
樹齢800年以上を迎えていた頼朝杉は、その20年前から根元付近をはじめとして空洞化が進み、衰弱していました。倒れないように太い枝を伐採するなどの対処はしていましたが、空洞だった根元が枝の重みに耐えきれず、頼朝杉はとうとう倒れてしまったのです。
智満寺は、倒木してしまった頼朝杉を未来永劫のお守りとして、弥勒菩薩像の製作を決めました。そして、残りの材を意義のある工芸品として使用することになったのです。
頼朝杉は、千葉山や智満寺、武家政治の基礎を築いた源頼朝の関心を高めるために、違う形となってこれからも存在し続けます。

頼朝杉とは

平安時代末期のある日、智満寺十代目住職・文覚上人は、許しを得ずに後白河法皇の御所の殿庭へ侵入し、荒廃していた神護寺の勧進文を読み上げました。このことが法皇の不興を買い、伊豆への流刑となりました。京から流れてきた文覚上人に、京のことを知りたいと訪ねてきたのが、源頼朝だったのです。
 
源頼朝もまた、平治の乱に敗れたことで伊豆に流刑になっていたのでした。その際、文覚上人は源頼朝を見るなり、「あなたは天下を治める人物である」と器量を認め、挙兵するときは智満寺に武運長久の祈願をするようにすすめたとされています。
 
そののち、頼朝は挙兵にあたり、文覚上人を伴って智満寺に向かいました。武運長久を祈願した後、杖にしていた杉の枝を地に挿し、「西天を望んで必ず再起せん」と心に誓いました。同時に、「この杖が芽を出して成長したならば、観世音のご加護により大願成就間違いなし」と念じたのです。
 
その後、頼朝が挿した杖が萌芽し、成長して立派な杉となったのです。頼朝は、望み通り天下を平定することができました。このことから、杉は「頼朝杉」と呼ばれるようになったのです。

頼朝杉 特集サイト

プロジェクトY 頼朝杉